先週に引き続き、さいたまへ。今日が最終日。全体を通しての収穫はとにかくサシャ・ヴァルツとピナ・バウシュと勅使河原三郎。特に勅使河原のインタビューで彼の言っている言葉が人間の言語に聞こえたのは初めてだった。息は言葉みたいなものだと思う、という彼の言葉を聞いて、以前ワークショップに参加した際ダンスではなくひたすら「呼吸」をしつこくしつこくやったことを思い出した。川べりで頭を残して全身土の中に埋まり何日か過ごした時の話、反復をオリジナルのコピーでも差異を伴う繰り返しでもなく「次に続いていくということ」だという話、「呼吸」が全部の始まりだという話を聞きながら、ベケットの後期の戯曲はやっぱり舞踊だと思った。英語と仏語の間を往還し、モダニズムポストモダニズムの境界をうろうろし、演劇と反ー演劇の間を行ったり来たりしたベケットは、演劇と舞踊の境界で両者に再定義を迫っているように思う。